出雲国風土記・現代語訳:大原郡

現代語訳

兎原野(うはら)。

郡家の正東にある。郡家に属する。

城名樋山(きなび)。

郡家の正北一里一百歩の所にある。所造天下大神(あめのしたつくらししおおかみ)、大穴持命(おおなむち)が、八十神(やそがみ)を討とうとして、城を造った。だから、城名樋という。

高麻山(たかさ)。

郡家の正北一十里二百歩の所にある。高さは一百丈、周りは五里ある。北方に樫(かし)・椿(つばき)などの類があり、東と南と西の三方はみな野である。古老が伝えて言うには、神須佐能袁命(かんすさのお)の御子(みこ)の青幡佐草日古命(あおはたさくさひこ)がこの山の上に麻(あさ)をお蒔きになった。だから、高麻山という。この山の岑(みね)に鎮座していらっしゃるのは、その神の魂である。

須我山(すが)。

郡家の東北一十九里百八十歩のところにある。〔樋・杉がある。〕

船岡山(ふなおか)。

郡家の東北一十六里の所にある。阿波枳閇委奈佐比古命(あわきへわなさひこ)※1が曳いてきて据えられた船が、この山である。だから、船岡という。

御室山(みむろ)。

郡家の東北一十九里百八十歩の所にある。神須佐乃乎命(かんすさのお)が御室(みむろ)を造らせなさって宿った所である。だから、御室という。

およそ、全ての山野にある草木は、

・苦参(くらら)
・桔梗(ありのひふき)
・菩草加(むこぎ)
・白芷(かさもち)
・前胡(のぜり)
・独活(うど)
・卑解(ところ)
・葛根(くずのね)
・細辛(みらのねぐさ)
・茵芋(につつじ)
・白前(のかがみ)
・決目(えびすぐさ)
・白歛(やまかがみ)
・女委(えみくさ)
・薯蕷(やまついも)
・麦門冬(やますげ)
・藤(ふじ)
・李(すもも)
・檜(ひ)
・杉(すぎ)
・栢(かえ)
・樫(かし)
・櫟(くぬぎ)
・椿(つばき)
・楮(かし)
・楊梅(やまもも)
・梅(うめ)
・槻(つき)
・蘗(きはだ)。 

鳥獣は、

・鷹(たか)
・晨風(はやぶさ)
・鳩(はと)
・山鶏(やまどり)
・雉(きじ)
・熊(くま)
・狼(おおかみ)
・猪(い)
・鹿(しか)
・兎(うさぎ)
・獼猴(さる)
・飛鼯(むささび)

がいる。

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原文

菟原野 郡家正東。即属郡家。

城名樋山 郡家正北一里一百歩。所造天下大神大穴持命、為伐八十神、造城。故云城名樋也。

高間山 郡家正北一十里二百歩。高一百丈。周五里。北方有樫・椿等類。東・南・西三方並野也。古老傳云、神須佐能袁命御子、青幡佐草日古命、是山上麻蒔給。故云高麻山。即此山峯坐、其御魂也。

須我山 郡家東北一十九里一八十歩。〔有檜・杉。〕

船岡山 郡家東北一十六里。阿波枳閇委奈佐比古命、曳来居船。即此山是矣。故云船岡也。

御室山 郡家東北一十九里一百八十歩。神須佐乃乎命、御室令造給、所宿。故云御室。

凡藷山野所在草木、苦参・桔梗・菩草加・白芷・前胡・独活・萆薢・葛根・細辛・茵芋・白前・決目・白歛・女委・薯蕷・麦門冬・藤・李・檜・杉・栢・樫・櫟・椿・楮・楊梅・梅・槻・蘗。

禽獣、則有鷹・晨風・鳩・山雞・雉・熊・狼・猪・鹿・兎・獼猴・飛鼯。

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